*** Theater, Play 7 ***

お芝居の感想ページです。
新しいモノから上に来ます。

『CVR〜チャーリー・ビクター・ロミオ』
by 劇団燐光群
Aug 09, 02

Official Site: http://www.alles.or.jp/~rinkogun/

CVRとは、チャーリー=ヴィクター=ロミオの略。これは、日本語で言うボイス・レコーダー=Cockpit Voice Recorderのニックネームでもあります。このお芝居は、もともとNew Yorkのイースト・ヴィレッジを拠点に活動しているCollective Unconsciousというグループが1999年に発表したモノの翻訳劇。ほんの5週間上演の予定が8ヶ月に膨れ上がり、2000年のドラマ・デスクアワードやNY国際フリンジ・フェスティバルの最優秀ドラマ賞を受賞してから、全米各地で今も上演されています。
実を言うと私はこの芝居、聞いたことがあるのは名前だけで内容は殆ど知らなかったのですが、逆にアメリカ人の友達数人に聞いてみるとタイトルは覚えていないのに、「コックピット・ヴォイス・レコーダーの話でね…」と言うと、「あ、それ知ってる。知ってる。」と口を揃えて言うのでした。

このお芝居は、『The Laramie Project』や、クラウン・ハイツ事件を題材にした『Fires in the Mirror』と並ぶ、アメリカでも数少ない“演劇ドキュメンタリーの一つ。私自身、『The Laramie…』以来演劇ドキュメンタリーには興味があったのですが、舞台では観た事がなかったので殆ど興味本位で観に行きました。
翻訳・演出を担当したのが、私が10年来のファンである劇団:燐光群の坂手洋二氏であったのも、勿論観劇の理由の一つ。ちなみに彼、そして彼の劇団:燐光群はやはり『The Laramie Project』の日本語版も担当していました。

このお芝居が、実際に起きた6つの飛行機事故を録音したヴォイス・レコーダーをそのまま書き起こして再現したモノであることは知っていました。正直観る前は、そんなモノを再現して一体何の意味があるんだろう???と思っていたんですよね。結論から先に言うと、確かにこのお芝居は何も語ろうとはしていないし、「だから何なんだ???」という域を敢えて越え様とはしていないと思うんです。まぁ、ある意味私の嫌いな「観客の解釈まかせ」の芝居と言えばそうなんですよね。だから、ここで私が書くコトはあくまで私の解釈ですので(いつものコトですが)悪しからず。
まず、私的にほっとしたのは、役者さん達はあくまでもCVRに記録された会話を脚本の台詞としてしか読んでいないというコト。つまり“真似してしまうのを避ける為、”わざとCVRのテープは一切耳にしていないのだそうです。そうそう、“タダの再現ドラマ”だったら私、絶対に観ていないですよ。それじゃあわざわざお芝居にする意味がないじゃないですか〜。

登場順に一言ずつコメントを。まず最初は、1995年アメリカン航空の事故。原因は搭乗員と管制官の両方が最低降下高度の確認を怠った事によるものだそうです。およそ10分前後の乗務員による会話は、事故についてなど全く予期していない彼らの無邪気なダイアローグ。時間軸を組み替えるストーリー構成というのはよくあることですが、こうした“結果の分かっている過程部分”ってほんっとに残酷なモノがありますよね。2つ目は、1994年アメリカン・イーグル航空の事故。こちらは最後まで事故の予感がなく…というのではなく、途中から“死の予感”が覆い被さって来るパターン。「それでもまだ大丈夫」というのが最後、あっと言う間に覆されてしまうのが、ホントに観ていてツライです。
3つ目が個人的には一番印象に残った事故かもしれません。コレはもう最初から、計器が全部壊れちゃっているんですよね。操縦士はベテランの機長(40〜50代)と、30代くらいの若い女性副操縦士。2人でマニュアル片手に壊れてしまった計器と格闘するのですが、段々とベテラン機長の方がパニクってきてしまうんですよね。副操縦士も内面ではもう泣きそうなんだと思いますが、それを表に出さず、懸命に冷静になろうとしている。う〜〜ん、残酷だよなぁ、この芝居。で、4つ目は殆ど心持ち1分くらいの短いモノだったので(離陸したと思ったら、あっと言う間に鳥の大群に巻き込まれて墜落してしまった)、あまり覚えていません。交通事故なんかもそうだけど、人間自分の死ぬ瞬間があまりにも突然やって来てしまったので何が何だか…っていうの、悲しいけどありますよね。

で、5つ目は日本人の記憶にあまりにも生ナマしく刻まれている、1985年日航機御巣鷹山での墜落事件。これは尺的にも一番長かったのではないでしょうか。登場する人物も一番多く、5人だったと思います。このシーンで一番印象深かったのは、機体の故障が発生してから墜落するまでの間、実に30分もの時間があったので、途中“希望の瞬間”というのが何度も何度もあるんですよ。つまり異常が発生してから段々悪い方向に行って最後は…。という1ベクトルでない所が“事実は小説より奇なり”というか…。やっぱり普通の戯曲や脚本だったら、“発端”があってフツーは“結末”へとひたすらクレッシエンドしていくワケでしょう?まぁ、観客をドギマギさせる為の“フェイント”は幾つか容易されているにせよ、同時に観客にある程度の“予感”も与えていなくてはいけないワケで。そこにこの作品がフィクションと完全に袂を分けている部分があるんじゃないかなと、私は思います。
だって、このシーンにおける希望の瞬間っていうのは、本当に“100%”の希望なんですよ。…というか、心のどこかでは“やっぱりダメかも”と思ってはいるのでしょうけれど、それよりも“この希望にすがりたい”という気持ちの方がずっと大きいと思う。一方、もしこれがフィクションでのシーンだったら、各登場人物は“どうしようもなく”作者の絶対圏の中にいるワケで、一瞬の希望を“見せられようが”それは、あくまで作者の手の中でちょっと踊らされているに過ぎない。“人間だって結局は運命の絶対圏の中で踊っているだけ”という穿った見方をする人もいるでしょうけれど、私はあくまで運命論者ではないのでね〜(^_^;)。それにしても、この事故で生き残った4人は今どうしているのでしょう?このお芝居なんか絶対に観たくないと思うけど。

で、最後の6つ目は1989年ユナイテッド航空の事故で、こちらも生存者がいた事故でした。この事故は日本における日航機事故と同じく、アメリカ人なら誰でも、事故当時ボイスレコーダーに残された会話を何度も何度もニュースで繰り返し聞いたという有名な事故なのだとか。私がこのシーンで印象深かったのは、操縦士の一人が心なしか泣いたり笑ったりしている様に見えたこと。まぁ、泣いているのはまだしも、パニックの初期に思わず笑ってしまうのって私、よく分かるんですよ。2001年9月11日、コレは会社の同僚が証人なんですけれど(…というか彼に言われたので覚えているのですが)、ちょうどワールド・トレード・センターが2つとも崩壊してしまった時、私ってば異様に笑っていたのだそうです。あの時は、まだ他にも航空機が乗っ取られているというデマが錯綜していたので、WTCはただの始まりにしか過ぎない、これからもっともっと凄まじい惨状になる…。それを考え始めたら、もう“笑う”しかなかったんです、ホントに。不謹慎極まりないことは分かっているのですが…。

舞台全体の感想としては、短いっっっ!!!今回なんかチケット代安いよな〜と思っていたのですが、なる程、この尺で5000円取ったら皆怒るわ(^_^;)。休み時間なしで2時間弱でした。1シーン辺りの長さから単純計算すると、多分短い芝居なんだろ〜な〜とは思いましたが、6つ全部終わってから何か“オマケ”があるんじゃないかと期待していたんで…。う〜ん、6つ目が終わった途端、そのまま終わっちゃいました。
舞台装置についても、最初から最後まで黒舞台の真ん中に簡易コックピットがあるだけ(しかも計器とか何も見えない単純セット)で、シーンからシーンに移行してもセットは全くおんなじモノ。私ってば、ラストでは絶対あの黒い幕が下りてなんか出て来るに違いない、と思っていたのですが、何も出てこなかった〜〜〜(^_^;)。う〜ん、いくらミニマリズムの燐光群とは言え、『屋根裏』でもちゃんと最後はセット崩れたのにな〜〜〜。コレってオリジナルの舞台がこうだったんでしょうか。それとやっぱり内容が内容だけに、あまり大胆なことはしたくないという意図だったのでしょうか。
…と、舞台がシンプル極まりないモノだったので、その分照明と音響(もちろん音楽はありません)は引き立っていたかも鴨。う〜ん、本当のCVRを参考にしたからなのかもしれませんが、あの爆音が途中て劇的に途切れてしまうのって、もの凄く聞いててツライものがありました。

アメリカのオリジナル版を観ていないので、比べ様がありませんが、今回の日本版では各シーンごとにまず英語の事故描写が出て来てから、シーンの最後に日本語での解説が出て来る。同時にこの事故で何人の人達が犠牲になったかが分かり、事故によっては登場する操縦士が亡くなっている時もあれば亡くなっていない時もある。また事故によって乗務員の死者○名としか書いていないので、どの人が生き残ってどの人が亡くなってしまったんだろう、という疑問が残される事故もありました。
また、シーン始めの英語の解説にはすでに事故原因について書いてあるのですが、専門用語が難しくて読み取れない時などは、シーンの最後に日本語が出て初めて「そうだったのか」と思うシーンもあったりして。逆に冒頭の英語の部分で大体理解してしまったシーンは、「来るぞ、来るぞ」みたいに結果が先に立ったりしたこともありました。上にも書いた様に、結末と過程の順番が入れ替わってるお話なんてそれこそゴマンと存在しているのですが、こうしていろんなパターンを観てみると、いろいろな“作り方”“見せ方”“受け止め方”があるもんだなぁ、と改めて気付かされてしまいますね。

『The Laramie Project』に比べれば、なんとメッセージ性のない芝居と言うことも出来ましょう。けど、同じ演劇ドキュメンタリーとは言え、『Laramie…』はもともと人々の様々な考え方を、作者の願いの中に織り込んで生まれたものだし、この『CVR』は、“記録”という無機質なものの中から、人間の普遍性を冷静に見つめ様としたもの(…じゃないかと私は思いました)なワケで、本質的に全く違う二作品なんですよね。まぁ、敢えてこの作品にメッセージがあるとすれば、それは安易なパニック・ムービーやデザスター・ムービー(『ツイスター』とか『パーフェクト・ストーム』みたいなやつ)に対する警笛とも取れるかもしれません。本当にこうした“現場に居合わせた人達”というのは、パニックしているだけでもなければ、過剰なヒロイズムもない。ただ、目の前のコトをやっているだけなんですよ。それは本来、ごく当たり前のことなんですけどね。
それにしても、燐光群の常連さんというのは、ど〜してこうオジサンばっかりなんでじょ〜(^_^;)。なんかスズナリにこれだけオジサンの集まる芝居っていうのも珍しいんじゃないかな、と壮観な眺めに思わず唸ってしまった私です。また今回は坂手さんオリジナルの芝居ではなかったにも関わらず、チケットは早々と完売。私が観に行ったのは、マスコミへの御披露目も兼ねた追加公演でした。坂手さんのオリジナル作品は、今後10月に同じスズナリと12月に紀伊国屋サザンシアターで発表される予定。つくづく多作な方ですね〜。

最後に。もともと飛行機嫌いでも何でもない私が相当ビビッたのですから(もちろん同時多発テロ以来、飛行機事故にはかなりセンシティブになっているのですが)、元々飛行機恐怖症の人は決してこの芝居を見ない様に。今日から友達がトルコ旅行に出かけて行ったのですが、飛行機が落ちやしないかと心配でニュースを見るにもひや汗モンの私なのでした。

『九十九里浜水族館(シーワールド)』
by Hotroad
July 06, 02

Official Site : http://hotroad-webtv.com/index2.html

今回ですでに11回目の公演を迎える俳優集団『ホットロード』最新作。私は主宰者兼 演出家&座付きの戯曲家と昔からの知り合いだったので、ず〜っと前から観に行きたかったのですが、ど〜ゆ〜ワケか彼らの公演と私の帰国時期がいつも折り合わなかった為、 やっと初めて観ることが出来ました。
ま、知り合いの劇団とゆ〜ことで、多少の贔屓目はあるかもしれません。まず最初に悪しからず…デス(^_^;)。

過去の公演の傾向から言って、テーマが重いか実験的な舞台かのどちらかになる んじゃないかと危惧していたのですが、思いのほか(?)誰にでも楽しめるエンター テイメントに仕上がっていたのでちょっとオドロキました。これだったら(?)普段お芝居なんか全く観ない人にでも、十分楽しめる作品だったと思いますよ。公演がすでに終 わってしまっているので、今からでは皆さんにオススメ出来ないのが残念・残念…。

…というワケで、ネタバレ大有りのあらすじを。舞台は九十九里浜にある今にも潰れ そうなシーワールド。ストーリーは、アシカ、アザラシ、ペンギン、そしてイルカな ど水族館ショーの動物達と、このシーワールドの管理人・マネージャー達と言った人間達の二重構造で進んで行きます。
幼馴染みのアキナ(飼育係)、トシヒコ(マネージャー)、マサヒコ(水族館に出入 する小さな業者の若社長)、そしてその3人を彼等が小学生の時から見守ってきたリストラ飼育係のオダ。そこに若手の飼育係2人や、南極へ向けて脱走を続ける動物達、トシ ヒコを想い続けてイルカから人間の少女へと変身したセイコが絡んで来る…。基本的には、本社から干されて出向してきたトシヒコが、若い飼育係を巻き込んでこの水族館を潰そうとしているのですが(この辺はラスト近くになって初めて明かされる)、ココにこの水族館が好きで好きでたまらなかった幼馴染み3人の過去が重なっていくのですね。で、この3人って単純な三角関係かと思いきや、実はイルカのセイコを含めて四角関係になってたりなんかして(^_^;)。

水族館という舞台の中で、そこでショーをする動物達の世界を面白おかしく描いてい た部分はサイコーでした。特にアシカの3人娘(中でもアユちゃんが最高!)とアザラシの3ボーイズ(名前が皆シブガキ隊なんだな、コレが(^_^;)の掛け合いは面白かった。ここまで書けばお分かりの様に、このお芝居の登場人物は全て今と昔のアイドルの名前が使われているのです。
BGMもテーマ曲(?)の松田聖子『青い珊瑚礁』をはじめ、80年代の曲がふんだんに 使われていて、私なんかの世代には涙モンの選曲でした(^_^;)。
一方、人間達の世界は、その関係が段々に明らかにされていくという点で、観ていて 非常に面白かったのだけれど、幼馴染み三人の関係が私にはちょっといまイチだった 様な…。コレは後にも書きますが、俳優さん達のセレクトにも関係あったのかな〜、 なんて思います。アレだけ引っ張っておいて、トシヒコの終わり方が「アレか〜?」っていうのには、ちょっと残念(あの二つくらい前の台詞で終わるか---観客がすでに分かっている部分を語りすぎ---か、もう一シーン最後の登場が欲しかった様な)。個人的にはアキナ&マサヒコよりもトシヒコのキャラやストーリーに興味があったので…。オダさんの存在も、う〜〜〜〜ん、としか言えないです。ちょっとティピカルだったかな???

で、『ホットロード』は、劇団というよりも“俳優集団”ですからね〜。やっぱ俳優さん達の話は避けられません。
まず、私的に一番良いなと思ったのは、トシヒコ役の西邑武人氏。実は彼って最初に登場して来た時、まるでインパクトなかったんですよ。出番も芝居が始まってから20分以上経過していたし、彼が主役級の人だなんてまるで思っていなかった。最初のシーンは思いっきりギャグでしたしね(^_^;)。ホンは面白かったと思うけど、役者さんは固かったのかもしれないし…。
ソレが、後半になって彼のシリアスな部分へ入り込んでいくと、途端に魅力的になって来たんです。非常に複雑な役柄(むしろ汚れ役というか、嫌われる役)なんですけれど、俄然魅力的になっていくんですよね〜。私の場合、上にも書いた様に彼に関する部分のストーリー後半は全く気に入らなかったので、コレはもう一重に私が役者さんの魅力にハマってしまったとゆ〜ことでせう。いわゆる名バイプレイヤー的な役者さんなのですが、これからの活躍が楽しみですね。

そしてもう一人、私がいいな〜と思った役者さんは、ヨネクラ役の井上甲子さん。ナントこれが舞台2回目とのことですが、舞台映えするとゆ〜か、ハッとする何かを持っていますね。瞳が大きいことも関係しているのかな(^_^;)。今回はどちらかと言えば助演でしたが、次は主演か〜???
他にも、流山児事務所からの客演女優サンとかがいたのですが、今回の芝居ではちょっとミスキャストだったかも鴨(演技がうまくないというのではなくて、彼女の本来持っているアーバンっぽさが、“幼馴染み”とか“動物達に慕われる”というキャラから遠ざかっていた感じ)。また、演出家が主宰するワークショップの生徒達も出演していたりして賑やかな舞台でしたね〜。皆お芝居はシロウトかもしれないけど、芝居の内容が内容であっただけに、その初々やはつらつさもプラスの方に出ていたと思います。

演出の金佑宣氏は、もともとは映画界に長〜くいた人でして(現在も作品を準備中)、彼の長編デビュー作『潤(ユン)の街』は観たことがあるのですが、舞台の演出を観たのはコレが初めて。当たり前だけど、映画の演出とは全然違いますね。けどさすが、大学時代に演劇科に所属して自らも役者をやっていただけのことはあります。改めて感心。“舞台主義”や“戯曲主義”でなく、“役者主義”であるのも、今回よ〜く分かりました。
冒頭にも書いた様に、これまでホットロードのお芝居はテーマが重かったり、実験的な部分があったりして普段舞台を観ない人達にはとっつきにくい部分もあった様ですが、今回はホント、エンターテイメントだったなぁ。また、監督がいつもこだわるという照明にもやっぱり気合が入ってましたね。どんなお芝居でも照明は命ってゆ〜の、改めて分かった様な気がします。
さてさて、今度は12回目になるホットロード公演。次回はいよいよ東京芸術劇場という大舞台の公演になるのだとか。今度はどんな傾向の作品に仕上がって、どんな魅力的な役者サンが登場してくるのか、今からとっても楽しみです。

『The Merchant of Venice - ヴェニスの商人』
Dir: Loveday Ingram of RSC
June 28, 02

Official Site: Royal Shakespeare Company

もう観たのが1週間も前になるので、記憶も朧げで書いています(月日の経つのは早いですね〜(^_^;)。
え〜、残念ながら今月一杯でクローズしてしまう東京グローブ座での最終公演の一つである『ヴェニスの商人』X2のうち、本場ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの来日公演を観に行って来ました。全編に渡って、私の苦手なイギリス英語(当たり前か?)だったので、台詞もろくろく聞き取れなかったのですが、基本的には面白かったです。

まず最初に、私ってばシェイクスピアについての知識は殆どと言っていい程皆無だし、めちゃめちゃ疎いです。もう恥ずかしいくらい。これまでマトモに観たことがある作品と言えば『ハムレット』(K=ブラナー監督による映画編、レイフ=ファインズ主演によるNY公演、渡辺謙&荻野目慶子主演による東京公演)と、第三舞台による『真夏の夜の夢』(コレもグローブ座の公演でしたね〜)くらいのモノ。はっきり言って、『ヴェニスの商人』について知ってることと言ったら、あの有名な「血を流さずにちょうどぴったりの肉を取らなければ…」という部分のみ。ま、その部分さえ知っていれば、この芝居は英語が分からなくても何とかなると思いますが(^_^;)。

そうそう。私ってば、この作品のメインであるヴェニスの商人がユダヤ人である…とゆ〜コトすら知らなかったのですね〜(自慢するなってか?)。いや〜、コレほど“ユダヤ人いぢめ”のお芝居だとは思ってもみませんでした(^_^;)。今でこそ誰かがこ〜ゆ〜作品を書いてコントラバーシャルになっても不思議じゃないとゆ〜のに、シェイクスピアとゆ〜オッサンは、コレを5世紀も前に書いてしまったとゆ〜のだから、オドロイちゃうぢゃありませんか〜〜〜。
いやはや、このユダヤ人の閉鎖性、強欲性、他者から見た時の異様さ(ポリティカリー・インコレクトですみませ〜ん)は、500年経った今でも殆ど変わっていないのですね。これだけ年月が経ちながら、いまだあまりにもリアルである為なのでしょうか?ここ100年近く、アメリカでこの作品が映画化されていないのも何だか納得出来る様な気がします(友人談によると、ダスティン=ホフマンがシャイロックを演じたTV映画バージョンは存在しているらしいのですが、imdbにも載ってない(^_^;)。

そのリアリティもさることながら、ラストの微笑ましい(見え見え)ギャグはかなり気に入ってしまった私です。シェイクスピアをけっこう観ている友人曰く、彼は悲劇を書いていても、いつもどこかしらにユーモアのシーンを挿入していたのだそうで。ふ〜ん、シェイクスピアって、かなり厳ついとゆ〜か、すまして観ないといけないのかと勝手に思い込んでいましたが、けっこう庶民的だったりするのですね。ちょっと見直してしまいました(^_^;)。
ただし、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの公演を何度か観た友達によると、今回のこの公演はあまり出来がよくなかったのだそ〜で。確かにシンプルで観やすい舞台ではあったけど、何かこう、ガツーンとしたパンチがなかったし(あるモノなのかな?ヴェニスの商人に???)、あ〜凄いな、この役者さん…とゆ〜人が一人もいなかった。もちろん皆、凄くウマ イんですけどね〜。さすがに肉を切り取ろうとするシャイロックとアントニオのシーンだけは迫力がありましたが…。特にシャイロック役の俳優さんはすごく背が低かったのですが、そこのシーンだけ妙に大きく見えましたモン。

…てなワケで、今回はRSC版の『ヴェニスの商人』、演出は女性でアントニオとバッサーニオがちょっとゲイっぽい解釈(私は友達に言われるまで全然気が付きませんでしたけれど(^_^;)というバージョンを観たのですが、お話自体をかなり気に入ってしまった私なので、これから機会があればもっともっと他のバージョンも観てみたいなぁと思います。

『屋根裏』
by 劇団燐光群
May 29, 02

Official Site: http://www.alles.or.jp/~rinkogun/

劇団“燐光群”は、10年くらい前に『カムアウト』『東京ゴミ袋』『ブレスレス』等をたて続けに観て以来、坂手洋二さんのファンになりました。その後、1993年に渡米してしまった私は暫く坂手さんの作品から遠ざかっていたのですが、彼が1年程NYに住んでいたこと、NYジャパン・ソサエティの平野共余子さんの本『天皇と接吻』を題材にした戯曲を書き上げたこと、NYの日本人向け新聞OCSニュースに連載をしていたこと、そして燐光群が『The Laramie Project』の日本語版を上映したことなどから、燐光群と坂手洋二さんは私にとって、またまた最近注目の劇団&戯曲家となりました。で、今回、帰国して真っ先に観たのはやはり彼らの芝居だったとゆ〜ワケです。

お芝居全体の感想ですが、10年前と殆どまるで同じ作風だったので、ちょっとコケちゃいました(^_^;)。この10年間で燐光群のお芝居ってテーマも規模も随分と大きなモノになって来たはずなのですが、この作品に限っては彼らの原点に立ち帰る作品として作られたそ〜で、何かまるで10年前にタイムスリップした様な…(^_^;)。

このお芝居は、「引き篭もり」をテーマに幾つかのエピソードをオムニバス風に集めたモノなのですが、最後にまとまりがなかったのが惜しいですね〜。一緒に観に行った人の言葉を借りれば、坂手さんの作品とゆ〜のはブレヒトの叙事詩的なお芝居なんだそ〜で、ソレはソレで一つのスタイルとしてはい〜のですが、やっぱ最後の盛り上がりに欠けるとちとモノ足りない様な気が…(^_^;)。
一つ一つの台詞とかは好きなんですけどね〜。アレだけの狭いスペースでミニマリズムを追求した演出も、私的にはかなりポイント高かったのですけれど…。役者さんで“コレ”とゆ〜人がいなかったのも少し残念でした。

それにしても多作の坂手さんですからね〜。今年だけでこの公演はすでに3作目。この後7月、10月、12月とまだまだ公演があるので、他の作品も出来る限り観て行こうと思います。

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